瀬戸内シージャック事件の犯人 川藤展久と狙撃手のその後。弁護士が絡み波紋を呼ぶ結果に

  • 2016-9-21
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1970年に起きた瀬戸内シージャック事件。
銃を乱射する川藤展久(かわふじ のぶひさ)が旅客船を乗っ取り
狙撃手によって射殺されたことで、犯人以外の死者を出さずに解決した事件だ。

しかし、川藤展久を撃った狙撃手のその後は皮肉なことに
マスコミからの誹謗中傷を受け、弁護士から訴えられるほど波紋を呼んだのであった。

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瀬戸内シージャック事件の犯人 川藤展久の生い立ち

1949年に岡山県児島市下津井町(現在の倉敷市下津井)で
6人兄弟の三男として生まれた。
父親は船員、母親は新興宗教の信者であったため
家を留守にすることが多かったという。

学校には中学に1年間通った後に登校しなくなり
広島、福岡、東京など全国を放浪していた。

1967年(18歳)に広島県で工員となるも
20件近くの窃盗事件を起こして逮捕され
1969年(20歳)に出所後は定職に就いていなかった。

そして、1970年に瀬戸内シージャック事件を起こす。

瀬戸内シージャック事件の発生まで

1970年5月11日、川藤展久は仲間2人と福岡市内で乗用車を盗み
その車で広島方面へと向かっていた。
しかし、山口県厚狭郡山陽町で交通違反をしているところを警察に見つかり
盗難車であることが発覚したため、その場で逮捕される。

だが、搬送中に川藤展久は持っていた猟銃を警察に突きつけ
脅迫したうえに全治2週間のけがを負わせて少年Aとともに逃走を図る。

川藤展久と少年Aは山中へと逃げ込むも警察に発見され、少年Aは確保されるも
川藤展久は通りかかったトラックの運転手を脅迫し、広島市中心部へと向かい、逃走した。

川藤展久はそのまま鉄砲店へ向かい、銃や弾丸を強奪し
タクシーで検問を突破して宇品港(広島港)に向かった。
川藤展久は銃を乱射しながら停泊していた定期旅客船「ぷりんす号」に乗り込み
1970年5月12日に瀬戸内シージャック事件が発生したのだ。

瀬戸内シージャック事件の全容と結末

川藤展久はプリンス号の船長に「どこか大きな港に行け」と命令し
銃の乱射を続けた。
警察だけでなく海上自衛隊や海上保安庁の船も出航するなどしたものの
船内には乗客が多数いたため、手を出せない状況が続く。

そんな中、船長の説得によって川藤展久は給油の代わりに乗客を降ろすと約束する。
そして、乗客が無事解放されたものの船長含めた船員は取り残されたままで
緊迫した状況が続いた。

警察は川藤展久の家族による説得を試みたものの
家族の言葉に応じることはなく、銃を乱射する始末に。
この結果、警察官1人が負傷、また銃弾がヘリコプターに当たり
墜落寸前の被害を受けた。

川藤展久のこうした行動を受けて警察はついに強硬策を決断する。
1970年5月13日午前9時53分
川藤展久が乱射をやめ、銃を持っていない間に狙撃手が発砲したのだ。

この様子はテレビで生中継され、当時の動画もYoutubeで見ることができる。
実際にYoutubeの動画を見てみたが、犯人が崩れる様子がわかり
血などは確認できなかったため、興味がある方は動画を検索してみてほしい。

ちなみに警察が犯人を狙撃したのは瀬戸内シージャック事件が初めて。
川藤展久は急いで搬送され、緊急手術を受けるも命を落としている。
そして、川藤展久は狙撃された直後に
「死んでたまるか、もういっぺん」という言葉を残していたという。

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瀬戸内シージャック事件の狙撃手のその後は弁護士が絡む始末に

瀬戸内シージャック事件の結末は狙撃手によって
犯人を狙撃したことで犯人以外の犠牲者を出すことなく事件は解決した。
しかし、上記にも記載したように日本で初の警察による狙撃となったため
事件後は様々な意見が挙がった。

特に犯人を狙撃した狙撃手についてはマスコミから誹謗中傷を受けたり
自由人権協会北海道支部所属の弁護士から
狙撃手と事件に関わった須藤本部長が殺人罪等で広島地検に告訴されている。

結果的に狙撃手と須藤本部長は不起訴処分となり
犯人の父親も
「親として、死んでくれてせめてもの償いができた。警察に抗議するつもりはない」
と発言しており、現在となっては警察を非難する声はほとんどない。

しかし、この事件以降、警察は犯人狙撃に関して慎重な姿勢を見せることが多くなった。
ただ、1990年以降は警察官の殉職事案が増えたことも受け
2001年に「警察官等けん銃使用及び取り扱い規範」が改定され
拳銃使用要件が明確化されたことで
警察官の拳銃使用件数は改定前に比べて増加している。

私個人としては日本は犯罪者に対して過保護過ぎる感じている。
例えば、少年法でも加害者の人権は守られるが被害者の人権は守られていない。
さらに最近のニュースで言えば、北海道の旭川にできた刑務所が
あまりにも豪華すぎると話題になったのだが
全て個室 ベッド・机・イス・洗面台・トイレ・壁掛けテレビ付きというのだから驚きだ。

近年、世界中で凶悪なテロ事件が起きており日本も他人事ではない。
そこで犯人を狙撃するような事案も出てくるだろうが
その時にはしっかりと被害者のことを第一に考えた行動を取ってくれることを願いたい。

日曜連続爆弾魔事件(ウルトラ山田事件)の犯人の動機が衝撃的過ぎる…


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